カタルーニャで分離独立を求めるデモ
9月11日の「カタルーニャの日」にあわせ、スペイン北東部カタルーニャ自治州で11日、同自治州の分離独立を求めたデモが行われた。昨年は150万人規模のデモが実施されたが、今年は、数10万人が約400キロにわたる人間の鎖を作った。独シュピーゲル誌オンライン版が報じた。
人間の鎖は、「カタルーニャ、独立への道」とのスローガンの下、ピレネー山脈からジローナ、バルセロナ、タラゴーナなど85の都市や町を通り、隣のバレンシア州まで、約400キロ続いた。
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Wikipedia/カタルーニャ自治州議会/by Xavier Vázquez手本となったのは、1989年8月、ソビエト連邦の統治下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で行われた620キロ以上にもおよぶ人間の鎖である。約150万人ものデモ参加者が手をつなぎ、3カ国を結んだ。「バルトの道」とも呼ばれる。
この「バルトの道」から2年後、バルト三国は独立を実現させたのである。
半数以上が分離独立に賛成
独自の言語と文化を持つカタルーニャ自治州。経済規模はポルトガルよりも大きく、スペイン全体の5分の1を占める。だが、スペインは財政危機に陥っており、失業率も24%にのぼる。カタルーニャの納税額は国からの地方交付税を大きく上回っている。
地元ラジオ放送局「Cadena Ser」の調査によると、カタルーニャの80%が住民投票を行うことに賛成ということだ。また、52%が分離独立に賛成、24%が反対と回答した。
「カタルーニャの日」
18世紀初めのスペイン継承戦争(1701~14年)において、カタルーニャはバレンシアと共にフェリペ5世に対抗。1714年にバルセロナはスペイン・ブルボン軍に包囲され降伏、陥落した。この1714年9月11日は、国としてのカタルーニャが死んだ日とされている。
その後、1980年にカタルーニャ議会がバルセロナ陥落を記憶に残すため、9月11日を「カタルーニャの日」と決めた。
シュピーゲル誌(Spiegel Online)
http://www.spiegel.de/politik/